祈祷抄 第十章 真言の邪教たる理由を明かす

本文

08 問て云く真言の教を強に邪教と云う心如何、 答えて云く弘法大師云く第一大日経・第二華厳経・第三法華経と
09 能能此の次第を案ずべし、仏は何なる経にか此の三部の経の勝劣を説き判じ給へるや、 若し第一大日経・第二華
10 厳経・第三法華経と説き給へる経あるならば尤も然るべし、其の義なくんば甚だ以て依用し難し、法華経に云く
11 「薬王今汝に告ぐ我所説の諸経而かも 此の経の中に於て法華最も第一なり」云云、 仏正く諸教を挙げて其の中に
12 於いて法華第一と説き給ふ、仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり尋ね究むべき事なり、此筆を数百年が
13 間・凡僧・高僧・是を学し貴賎・上下・是を信じて大日経は一切経の中に第一とあがめける事仏意に叶はず、心あら
14 ん人は能く能く思い定むべきなり、 若し仏意に相叶はぬ筆ならば信ずとも豈成仏すべきや、又是を以て国土を祈ら
15 んに当に不祥を起さざるべきや、又云く「震旦の人師等諍て醍醐を盗む」云云、文の意は天台大師等・真言教
16 の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名け給へる事は、此の筆最第一の勝事なり、 法華経を醍醐と名け給へる事は、天
17 台大師・ 涅槃経の文を勘へて一切経の中には法華経を醍醐と名くと判じ給へり、真言教の天竺より唐土へ渡る事
18 は天台出世の以後二百余年なり、されば二百余年の後に渡るべき真言の醍醐を盗みて 法華経の醍醐と名け給ひけ
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01 るか此の事不審なり不審なり、真言未だ渡らざる以前の二百余年の人人を盗人とかき給へる事・ 証拠何れぞや、
02 弘法大師の筆をや信ずべき、涅槃経に法華経を醍醐と説けるをや信ずべき、若し天台大師盗人ならば涅槃経の文
03 をば云何がこころうべき、さては涅槃経の文・真実にして弘法の筆・邪義ならば邪義の教を信ぜん人人は云何、只
04 弘法大師の筆と仏の説法と勘へ合せて正義を信じ侍るべしと申す計りなり。
05 疑て云く大日経は大日如来の説法なり・若し爾らば釈尊の説法を以て大日如来の教法を打ちたる事・都て道理に
06 相叶はず如何、答えて云く大日如来は何なる人を父母として何なる国に出で大日経を説き給けるやらん、もし父
07 母なくして出世し給うならば釈尊入滅以後、慈尊出世以前、五十六億七千万歳が中間に仏出でて説法すべしと云
08 う事何なる経文ぞや、 若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり、
09 其の迷謬尽しがたし纔か一二を出すなり、加之並びに禅宗・念仏等を是を用る、此れ等の法は皆未顕真実の権教
10 不成仏の法・無間地獄の業なり、彼の行人又謗法の者なり争でか御祈祷叶ふべきや、 

現代語訳

問て云う。真言の教えをしいて邪教というのは何ゆえか。 答えて云う。弘法大師は「第一大日経・第二華厳経・第三法華経」といわれたが、この次第をよくよく考えてみるがよい。仏はいかなる経にこの三部の経の勝劣を説き、判じられているか。もし第一大日経・第二華厳経・第三法華経と説かれている経があれば、その言い分もっともである。その義がないとしたら、それを信用するわけにはいかない。法華経には「薬王よ、今汝に告ぐ。我が所説の諸経中において法華経が最第一である」と、仏はまさしく諸教を挙げてそのなかにおいて法華経が最第一と説かれているのである。このように仏の説法と弘法大師の筆とは、水火の相違である。いずれが真実かを尋ね究めなければならない。 弘法大師のこの筆を数百年もの間、凡僧も高僧も皆これを学び、貴賎・上下も一様にこれを信じて、大日経は一切経のなかで第一であると崇めてきたことは仏の御本意にかなわないことである。 心ある人は、このことをよくよく思案すべきである。もし仏の御本意でない筆ならば、信じてもどうして成仏できようか。この法をもって国家を祈ったならきっと不祥事がおきるであろう。 また弘法は「中国の人師らが争って醍醐を盗んだ」などといっている。文の意は、天台大師等が真言経の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名づけたというものであるが、このことが最第一の大事である。 法華経を醍醐と名づけられたのは、天台大師が涅槃経の文を考えて、一切経のなかでは法華経を醍醐と名づけると判定されたのである。 真言経がインドから中国へ渡ったのは天台大師が出世されてから二百余年後のことである。してみれば二百余年の後に渡ってくる真言の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名づけられたのであろうか。不審なことである。 真言がまだ渡来していない二百余年も前の人々を盗人だとする証拠はどこにあるのか。弘法大師の筆を信ずるべきか、それとも涅槃経に仏が法華経を醍醐と説かれていることを信ずるべきか。 もし天台大師が盗人ならば、涅槃経の文をなんと心得るべきか。もし涅槃経の文が真実で、弘法の筆が邪義ならば、邪義の法を信ずる人々はどうであろう。ただ弘法大師の筆と仏の説法と考え合わせて正義を信じられるよう申し上げるしかない。疑って云う。大日経は大日如来の説法である。もしそうであれば、釈尊の説法をもって大日如来の教法を打ち破ることは道理に合わないではないか。 答えて云う。その大日如来はいかなる人を父母として、いかなる国に出現して大日経を説かれたのか。もし父母なくして出世されたというならば、釈尊の入滅以後、慈尊出世以前の五十六億七千万歳の中間に仏が出世して説法するということは、どの経文に出ているのか。もしその証拠がなければ、誰が信ずずることができようか。このような僻事ばかりを構えるから邪教というのである。 その甚だ多くまた尽きていないが、今はその一・二を出したにすぎない。真言の邪教のみならず、禅宗・念仏等を用いているが、これらの法はいずれも未顕真実の権教であり、所業である。また彼の行者はいずれも正法を謗ずる人達であり、どうして彼らの祈禱がかなうことがあろうか。


弘法の立義がいかに仏説に背き道理に外れているかを示されている。

問て云く真言の教を強に邪教と云う心如何、答えて云く弘法大師云く第一大日経・第二華厳経・第三法華経と能能此の次第を案ずべし、仏は何なる経にか此の三部の経の勝劣を説き判じ給へるや、若し第一大日経・第二華厳経・第三法華経と説き給へる経あるならば尤も然るべし、其の義なくんば甚だ以て依用し難し、法華経に云く「薬王今汝に告ぐ我所説の諸経而かも此の経の中に於て法華最も第一なり」云云、仏正く諸教を挙げて其の中に於いて法華第一と説き給ふ、仏の説法と弘法大師の筆とは水火の相違なり尋ね究むべき事なり、此筆を数百年が間・凡僧・高僧・是を学し貴賎・上下・是を信じて大日経は一切経の中に第一とあがめける事仏意に叶はず、心あらん人は能く能く思い定むべきなり、若し仏意に相叶はぬ筆ならば信ずとも豈成仏すべきや、又是を以て国土を祈らんに当に不祥を起さざるべきや

真言を邪教というのは、日本真言宗の祖、弘法大師空海が一代聖教の勝劣を「第一大日経・第二華厳経・第三法華経」と立てたことによる、と仰せである。  弘法がその著・十住心論のなかで十住心を立て、第八の一道無為住心を天台宗、第九の極無自性住心を華厳宗、第十の秘密荘厳住心を真言宗に配立し、大日経第一、華厳経第二、法華経第三とした。つまり、法華経は大日経・華厳経に劣り、大日経からみれば三番目の低い教えであると下しているのである。 しかし、弘法の立てた勝劣は、いかなる経にも根拠がなく、全くの我見にすぎない。 しかも、法華経の法師品第十には「薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経、而も此の経の中に於いて、法華経第一なり」とあって、法華経が釈尊所説の諸経のなかで第一であると明らかに説かれている。 仏の説によるべきか、人師の立てた説によるべきかといえば、それが異なる場合には仏説に従うべきであることは当然であろう。したがって、この明らかな仏説に背いて、弘法が「大日経第一、法華経第三」と我見を立てたのは邪であり謗法となるのである。 にもかかわらず、日本の上下万民が弘法の邪義を信じて、大日経を諸経のなかで第一と考え、大日如来を本尊として崇めてきたことは、仏意に背く謗法であり、成仏できないばかりか、地獄に堕ちる業因となるのである。また、こうした真言の邪義で国土の安穏を祈れば、かえって国に不祥事を招くことは必然であると警告されている。

又云く「震旦の人師等諍て醍醐を盗む」云云、文の意は天台大師等・真言教の醍醐を盗んで法華経の醍醐と名け給へる事は、此の筆最第一の勝事なり、法華経を醍醐と名け給へる事は、天台大師・涅槃経の文を勘へて一切経の中には法華経を醍醐と名くと判じ給へり、真言教の天竺より唐土へ渡る事は天台出世の以後二百余年なり、されば二百余年の後に渡るべき真言の醍醐を盗みて法華経の醍醐と名け給ひけるか此の事不審なり不審なり、真言未だ渡らざる以前の二百余年の人人を盗人とかき給へる事・証拠何れぞや、弘法大師の筆をや信ずべき、涅槃経に法華経を醍醐と説けるをや信ずべき、若し天台大師盗人ならば涅槃経の文をば云何がこころうべき、さては涅槃経の文・真実にして弘法の筆・邪義ならば邪義の教を信ぜん人人は云何、只弘法大師の筆と仏の説法と勘へ合せて正義を信じ侍るべしと申す計りなり

また、弘法は弁顕密二教論のなかで「仏五味を以って五蔵に配当して、総持をば醍醐と称し、四味をば四蔵に譬えたまえり。振旦の人師等醍醐を争い盗んで各自宗に名づく」と述べて、天台大師が五時八教の教判を立て、五時を五味にたとえて、法華・涅槃時を醍醐味であるとしたことを、真言から盗み取ったとけなしている。 弘法は、六波羅蜜経に「所謂八万四千の諸の妙法蘊なり(中略)摂して五分と為す。一には素タラン、二には吡奈耶、三には阿毘達磨、四には般若波羅蜜、五には陀羅尼門となり、此の五種の蔵をもって有情を教化す(中略)此の五の法蔵譬えれば乳・酪・生酥・熟酥および妙なる醍醐のごとし(中略)総持門とは譬えば醍醐のごとし。醍醐の味は乳・酪・酥の中に微妙第一にして、能く諸の病を除き、諸の有情をして身心安楽ならしむ」とあるように、総持門すなわち真言密教こそ醍醐味であり、天台大師が法華経を醍醐味としたのはこの六波羅蜜の教判を盗んだものと誹謗しているのである。 天台大師は、涅槃経に「善男子、譬えば牛従り乳を出し、乳従り酪を出し、酪従り生酥を出し、生酥従り熟酥を出し、熟酥従り醍醐を出す。醍醐は最上なり…善男子、仏もまたかくのごとし。仏従り十二部経を出し、十二部経より修多羅を出し、修多羅従り方等経を出し、方等経従り般若波羅蜜を出し、般若波羅蜜従り大涅槃を出す。なお醍醐のごとし、醍醐というは仏性に喩う」とある文によって、法華経信解品第四等に説かれている五時の次第を証明し、五時を五味にたとえ、五時八教の教判を打ち立てたのである。 しかも、六波羅蜜がインドから中国に渡ったのは唐代の貞元4年(0788)であり、般若三蔵が漢訳したことによる。一方、天台大師が摩訶止観を説いたのが隋の開皇14年(0594)であり、入滅したのが同17年(0597)なのである。 真言見聞に「震旦の人師争つて醍醐を盗むと云う年紀何ぞ相違するや、其の故は開皇十七年より唐の徳宗の貞元四年戊辰の歳に至るまで百九十二年なり何ぞ天台入滅百九十二年の後に渡れる六波羅蜜経の醍醐を盗み給う可きや顕然の違目なり、若し爾れば謗人謗法定堕阿鼻獄というは自責なるや」(0148-15)と仰せのように、天台大師が在世の頃にはまだ中国に存在しなかった六波羅蜜経の文を盗むことは絶対に不可能であり、したがって天台大師を盗人と決めつけている弘法の批判はおよそ道理を無視した非難という以外にない。 また、開目抄には「六波羅蜜経は有情の成仏あつて無性の成仏なし何に況や久遠実成をあかさず、猶涅槃経の五味にをよばず何に況や法華経の迹門・本門にたいすべしや、而るに日本の弘法大師・此の経文にまどひ給いて法華経を第四の熟蘇味に入れ給えり、第五の総持門の醍醐味すら涅槃経に及ばずいかにし給いけるやらん」(0222-10)と破されている。 すなわち、六波羅蜜で醍醐味としている総持門の内容は、有情・非情にわたる真の成仏も説かれず、久遠実成も明かされていなので、涅槃経にも及ばず、まして法華経とは比べものにならない低い教えなのである。にもかかわらず、弘法が法華経を密教の醍醐味に劣る第四の熟蘇味であると下していることは、全くの誤りであるということである。 また、撰時抄には「法華経を醍醐と称することは天台等の私の言にはあらず、仏・涅槃経に法華経を醍醐ととかせ給い天親菩薩は法華経・涅槃経を醍醐とかかれて候、竜樹菩薩は法華経を妙薬となづけさせ給う、されば法華経等を醍醐と申す人・盗人ならば釈迦・多宝・十方の諸仏・竜樹・天親等は盗人にてをはすべきか」(0278-03)と仰せである。 このように、法華経を醍醐味とすることが仏の正意なのであり、それに背いて密教を醍醐味と立てた弘法の邪義を信ずるならば、堕地獄の因となるのである。

疑て云く大日経は大日如来の説法なり・若し爾らば釈尊の説法を以て大日如来の教法を打ちたる事・都て道理に相叶はず如何、答えて云く大日如来は何なる人を父母として何なる国に出で大日経を説き給けるやらん、もし父母なくして出世し給うならば釈尊入滅以後、慈尊出世以前、五十六億七千万歳が中間に仏出でて説法すべしと云う事何なる経文ぞや、若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり、其の迷謬尽しがたし纔か一二を出すなり、加之並びに禅宗・念仏等を是を用る、此れ等の法は皆未顕真実の権教不成仏の法・無間地獄の業なり、彼の行人又謗法の者なり争でか御祈祷叶ふべきや

大日第一と立てた弘法の邪義を破折されると、大日経は大日如来の説法であって釈尊の教説ではないのであり、釈尊の説法によって大日如来の教法を打ち破ることは道理に合わない、とする真言側からの反論がなされたのであろう。大聖人はそれに対し、それなら大日如来はだれを父母とし、いかなる国に出生して大日経を説いたというのかを明らかにせよ、と破折されている。 大日如来は、大日経・金剛頂経などの密教経典に説かれており、宇宙の森羅万象の真理・法則を仏格化した法身仏で、密経はすべての仏・菩薩を生み出す根本の仏としている。しかし、あくまでも法身仏であり、父母があって現実の国土に出生して法を説いた仏ではなく、釈尊が説いた教説のなかの仏にすぎないのである。 もし、大日如来が大日経を説いたというのなら、釈尊滅後、56億7000万歳に釈尊の位を継ぐとされる弥勒菩薩の出現するまでの間に、仏が出現して説法すると説いた経文があるなら出すべきであり、その証拠がないなら、だれが信じられようか、と破されているのである。そして、そのような仏法の道理や事実に合わない邪義を主張するので、真言を邪教というのである、と断じられている。 なお、真言見聞にも「真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に二主無きは聖教の通判なり、涅槃経の三十五の巻を見る可きなり、若し他土の仏なりと云はば何ぞ我が主師親の釈尊を蔑にして他方・疎縁の仏を崇むるや不忠なり不孝なり逆路伽耶陀なり」(0149-02)とその邪義を破されてる。 しかも当時の朝廷や幕府などの為政者は、この真言の邪義を信じて何かあると祈禱させたうえ、更に念仏宗や禅宗などの謗法の悪法を用いていた。これらの法はすべて未顕真実の方便権教であり、不成仏の法であり、しかもそれらの宗は法華経誹謗の邪義を立てているので、大謗法となり無間地獄に堕ちる業因となるのである。それらの法を行ずる人も謗法の者なので、その祈禱がかなうはずがないのである。

創価教学研究室 (Tommyのブログ)

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