七つの鐘

第一の「七つの鐘」

創価学会は、「七つの鐘」を七年ごとに打ち鳴らしながら前進してきました。「七」は「南無妙法蓮華経」の七字にも通じます。第一の「七つの鐘」は、昭和五年(1930年)から、昭和五十四年(1979年)までの五十年間です。そして創立七十周年を飾った、2001年から2050年までの50年間が、第二の「七つの鐘」となります。

ご存じのとおり、これまで創価学会は、「七つの鐘」を七年ごとに打ち鳴らしながら前進してきた。「七」は「南無妙法蓮華経」の七字にも通ずる。  第一の「七つの鐘」は、学会創立の昭和五年(1930年)から、昭和五十四年(1979年)までの五十年間であった。そして創立七十周年(当時)の佳節を飾り、明年(当時)の2001年から2050年へ、いよいよ第二の「七つの鐘」がスタートする。  かつて私は、ここ関西の地で、二十一世紀、二十二世紀、そして、はるか二十三世紀までの壮大なビジョンを語りあった。(1997年5月17日、関西代表者会議)  まず、第二の「七つの鐘」を打ち鳴らす、二十一世紀の前半の五十年では、アジアをはじめ世界の平和の基盤をつくってまいりたいと、私は申し上げた。そのとおりに私は祈り、一つまた一つと、手を打ち続けてきた。今回、私がアジアの各地を訪問したのも、この二十一世紀の構想の上からの新たな第一歩である。  続く第三の「七つの鐘」を鳴らす二十一世紀の後半では、「生命の尊厳」の哲学を時代精神にし、世界精神へと定着させたい。  さらに、第四の「七つの鐘」に当たる二十二世紀の前半には、世界の「恒久の平和」の崩れざる基盤をつくりたい。  その基盤の上に、第五の「七つの鐘」が高鳴る二十二世紀の後半には、絢爛たる人間文化の花が開いていくであろう。  それが実現すれば、第六の「七つの鐘」、第七の「七つの鐘」と進みゆく。日蓮大聖人の立宗千年(2253年)を迎える二十三世紀の半ばごろから、新たな展開が始まるであろう。  このように私は、未来の遠大な展望を、深い決意と願望と確信をこめて、関西の同志と語りあった。
 

2000年12月14日第五十二回本部幹部会、関西代表幹部会、関西女性総会

第ニの「七つの鐘」

2014年5月3日

 

躍り出よ!鐘を打て!2015年五月三日

 

 昭和33年(1958年)五月三日。私が本部総会で、創立以来の歩みを踏まえ、七年ごとの前進を期す「七つの鐘」という構想を発表したのも、青年部の室長時代であった。  この「七つの鐘」のリズムの中で、学会は幾多の嵐を越えて発展してきた。 初代会長・牧口常三郎先生の殉教という歴史が刻まれたのは、「七つの鐘」の二番目の時であった。  当時、軍国主義という誤った思想が民衆を狂わし、国は破滅への一途をたどっていた。その中で、牧口先生は、わが命をも顧みず、仏法の正義を掲げて思想の乱れを糺されたのである。この厳然たる事実が、アジアをはじめ、世界での信頼につながり、今日の学会の揺るがぬ礎になっていることは、言うまでもない。  今、学会は2001年から2050年までを「第二の七つの鐘」と位置づけ、前進を続けている。そして、明2015年の「五・三」は、ちょうど二番目の鐘が鳴り終わる節目である。  この時、勇んで躍り出て、人間勝利の鐘を響かせる、地涌の世界市民は誰か。

聖教新聞2014.5.2付民衆凱歌の大行進5 輝かしき五月の三日

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全国総県長会議への名誉会長のメッセージ(2001年4月27日)から

広宣流布とは、絶え間なき精神闘争である。一回一回が、広布の勝利を決しゆく、大切な会議である。記念に、メッセージを送らせていただきたい。2001年5月3日。21世紀の広布の山をついにわれらは登攀した。ともどもに幾多の険しい坂を勝ち越えた、各方面・県・区のすべてのリーダーの皆さま方に、私は心から感謝し賛嘆申し上げたい。私が青年部時代から深く拝してきた御義口伝に「南無妙法蓮華経は精進行なり」 (御書790㌻)と仰せである。

学会創立100百周年の2030年へ、新しい前進を。

同時に、新たな「7つの鐘」の出発となった。これから7年ごとに、また10年ごとに、希望と勝利の節を刻みながら、前進してまいりたい。まず、「1の鐘」を締めくくる、7年後の2008年の5月3日。次に創立80周年の2010年の5月3日。また「2の鐘」の結びとなる2015年の5月3日。さらに創立90周年の2020年の5月3日。そして創立100周年の2030年の5月3日を絢爛たる勝利で飾りたい。この間に「3の鐘」(2015年から22年)、「4の鐘」 (2022年から29年)も刻まれる。そして、2050年は創立120周年であり、「第2の7つの鐘」の総仕上げの年に当たる。

アメリカ創価大学の第一期生、また現在の学生部、未来部の諸君は、このころ、ちょうど今の私と同じ年代になる。 青年を育てることは、未来を育てることだ。縦横に活躍する姿が、本当に楽しみである。「報恩抄」には、「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法達華経は万年の外・未来までもながる(流布)べし」 (御書329㌻)と仰せである。万年の広宣流布の源流となりゆく、誇り高き使命の皆さまなのである。

第2の「7つの鐘」

「1の鐘」 2001年ー2008年 (2001)戸田会長50周年 アメリカ創大開学(2005)創立75周年 

「2の鐘」 2008年ー2015年 (2010)創立80周年池田会長50周年(2011)戸田会長60周年 

「3の鐘」 2015年ー2022年 (2020)創立90周年

「4の鐘」 2022年ー2029年 (2025)創立95周年

「5の鐘」 2029年ー2036年 (2030)創立100周年池田会長70周年 

「6の鐘」 2036年ー2043年 (2040)創立110周年 池田会長80周年

「7の鐘」 2043年ー2050年 (2050)創立120周年池田会長90周年

「7つの鐘」の展望

①第1の「7つの鐘」1930年から1979年「創価学会が大発展した時代」

②第2の「7つの鐘」2001年から2050年 21世紀の前半の50年「アジアをはじめ世界の平和の基盤をつくってまいりたい」

③第3の「7つの鐘」2051年から2100年 21世紀の後半の50年「『生命の尊厳』の哲学を時代精神にし、世界精神へと定着させたい」

④第4の「7つの鐘カ」2101年から2150年 22世紀の前半「世界の『恒久の平和』の崩れざる基盤をつくりたい」 

⑤第5の「7つの鐘」 2251年から2200年22世紀の後半 第4の「7つの鐘」の基盤のうえに、 「絢爛たる人間文化の花が開いていくであろう」

⑥第6の「7つの鐘」2201年から2250年

⑦第7の「7つの鐘」2251年から2300年

第5の「7つの鐘」が実現すれば、「第6の『7つの鐘』、第7の『7つの鐘』と進みゆく。 日蓮大聖人の立宗千年(2253年)を迎える23世紀の半ばごろから、新たな展開が始まるであろう

池田名誉会長は語った。(第52回本部幹部会 2001年12月15日)

「広宣流布は『末法万年』の長期戦であるゆえに、50年、100年単位で展望しながら、『今』を勝っていくことが正しい軌道だからである。私は万年を見つめて、着々と手を打っている」「はるかな未来のためにも、2001年からの最初の7年間が大事である。どうか、「7つの鐘」とともに、自分自身の目標、わが使命の地域の目標を大きく掲げながら、大いなる境涯を開き、大いなる福徳を積み、大いなる歴史を残していただきたい。

大指針 「三百万世帯」 (以下、土井氏のファイルからお借りしました)

戸田の五十八歳の誕生日の前日、昭和三十三年二月十日朝、山本伸一が戸田の自宅にやってきた。伸一は七日から関西の指導に出かけていたが、夜行列車で東京に戻ると、その足で報告に訪れたのである。戸田は関西の現状況を聞くと、伸一に言った。「関西は完璧に仕上がったな。これで日本の広布の基盤は調ったといってよいだろう。さて、問題はこれからだよ。あと七年でどこまでやるかだ」戸田は伸一の顔を見つめた。彼の眼鏡の奥の眼は燃え輝いていた。「急がねばならんのだよ。伸一、あと七年で、三百万世帯までやれるか?」戸田は、昨年十二月の男子部総会の翌日、七年後の指標として、伸一に二百万世帯を達成することを示した。しかし、彼は熟慮の末に、壮大な広布の展望を練り上げ、その実現のためには、さらに前進の歩を速めなくてはならないことを感じていたのである。だが、それを成すのは戸田自身ではないことも、彼は悟らざるをえなかった。病魔を乗り越えたとはいえ、自らの寿命のながからぬことを、戸田は覚知していた。山本伸一は、きっぱりと答えた。「はい、成就いたします。ますます勇気がわきます。私は先生の弟子です。先生の御構想はかならず実現してまいります。御安心ください」戸田の思いは、そのまま伸一の誓いとなった。戸田は「そうか」と笑みを浮かべると、嬉しそうに言った。「伸一の手で、どこまでできるかな。一千万人が信心する時代がきたら、すごいことになるぞ。楽しみだな、ほんとうに楽しみだ…」伸一は、その言葉を遺言として心に焼きつけた。師から生涯の大指針を示されたのだと思うと、胸が高鳴るのを覚えた。(人間革命第12巻 後継から)

広宣流布と地涌の使命

仏の悟りである正法を人々に流布し、万人を絶対的幸福である仏の境涯に導くことこそ仏法の目標です。それ故に法華経でも「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶して、悪魔、魔民、諸天、龍、夜叉、鳩槃荼(くはんだ)等に、其の便を得せしめること無かれ」(開結605㌻)と説かれています。この経文は、後の五百歳すなわち末法に妙法が全世界(一閻浮提)に広宣流布していくことを予言したものです。また、法華経の如来神力品では、釈尊から末法弘通の使命を地涌の菩薩の上首・上行菩薩に付嘱する儀式が鋭かれます。

〈広宣流布こそ大聖人の根本精神〉

日蓮大聖人は、この法華経の予言通り、命に及ぶ幾多の大難を忍ばれて南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。妙法の広宣流布について大聖人は次のように仰せられています。「大願とは法華弘通なり」(736㌻)。「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」(329㌻)まさに広宣流布こそ日蓮大聖人の根本精神です。

〈仏の未来記を実現した創価学会

この大聖人の御精神を受け継いで、世界に妙法を弘通し、広宣流布を進めてきた和合憎(仏法実践者の集い)が創価学会(SGI)です。「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(1360㌻)と仰せのように、大聖人の御心のままに妙法を弘めてきた創価学会こそ、広宣流布の使命を担う地涌の菩薩の団体に他なりません。創価学会が日蓮大聖人の御精神を正しく継承する和合僧であるからこそ、世界中に妙法を弘めることができたのです。

戸田先生第二代会長就任式講演 (1951-5-3)

現代において、仏と等しい境涯に立ち、この世界を心から愛する道に徹するならば、ただ折伏以外の方法は、すべてなにものもないのであります。これこそ各人の幸福への最高手段であり、世界平和の最短距離であり、一国隆昌の一大秘訣なのであります。故に、私は折伏行こそ、仏法の修行中、最高のものであるというのです。折伏行は人類の幸福のためであり、仏法でいう衆生済度の問題であるので、仏の境涯と一致するのであります。したがって、折伏をなすものは慈悲の境涯にあることを忘れてはなりませぬ。宗門論争でもなく、宗門の拡張のためでも決してない。御本仏・日蓮大聖人の慈悲を行ずるのであり、仏にかわって仏の事(じ)を行ずるのであることを、夢にも忘れてはなりませんぞ。この一念に立って、私は、いよいよ大折伏を果敢に実践せんとするものであります。時はすでに熟しきっている。日蓮大聖人立宗宣言あって七百年―その日を明年にひかえて考えうるに、創価学会のごとき団体の出現が、過去七百年間に、いったいどこに、どの時代にあったでありましょうか。大いに誇りをもっていただきたいのであります。私の自覚にまかせて言うならば、私は広宣流布のために、この身を捨てます!私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は私の手でいたします。もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は出して下さるな。遺骸は品川の沖に投げ捨てなさい!よろしいか!

(完)

第2の「7つの鐘」について